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第二次大戦後アメリカ軍が置き去りにした軍用ジープを乗用に改造したのが始まりで、今は日本から輸入された中古の自動車のパーツで作っています。ジプニー工場の規模もさまざまで、大手から月に一台生産するのがやっとの小さな町工場までさまざまです。
エンジンはほとんどがディーゼルで、いすゞ製が一番人気です。
車体のブリキ製のものやゴージャスなオールステンレスのものまで予算に応じてさまざまなバリエーションがあります
フロントガラスの上には大体所有者の名前を書きますが日本人の名前もたびたび見受けられるので日本人の仕送りで買ったものでしょう。
私も一台オーダーしました。三人でつくっている小さい町工場でした。値段は大手よりも安くて当時の値段で285,000ペソでした。(当時レートは10,000円=2,300ペソ)本当に鉄板をハンマーでたたいて作ってました。その時初めてこのやり方で車が作れるんだなとカルチャーショックを受けました一台作るのに約二ヶ月かかりました。
乗り心地は決してよくありません。なにしろサスペンションはトラック板ばねでしかも日本で廃車になった中古部品ですから
また天井が低く窓が目線の下にあるものですから遠くの風景はほとんど見えません。
長時間だとかなりきついです。
後当然エアコンはないので走るとドライヤーのような風が吹いてきて、なれないと厳しいです
今ではマニラ市内はバスの方がメインになりましたが地方の交通はまだまだジプニーです。
パラワン島の地底川(アンダーグラウンドリバー)の帰りのことでした。
向かいにはフランス人の若い女性のバックパッカー、その隣はドイツ人の男のバックパッカー、3人後ろには魚の行商人、途中からマラリアにかかった人が寒気にブルブル震えながら島で一番のプエルトプリンセサの病院に行くために乗ってきました。
唯一の交通手段のジプニーは観光バスと商用トラックと救急車も兼ねた乗り物なのでした。
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